ジャスミンと徳留

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義実家に帰るって小姑がいる。こういう小姑の言うことが日帰り中気になる。家に帰ってからも山彦のように耳に関しまして離れない。「コーヒーカップはおっきいけどコーヒーは半分くらい煎れてね。」から訪れ、親族がきて片づけをしていると「取り寄せた副食の皿はまったくあっただ見てきて」、なかったので恐らく義母が片付けたんだと思い「無い」と言うと、「女子が片付けたのかしら」と徹頭徹尾結果がハッキリするまで検討して来る。そうして、「鍋ののちを冷蔵して」という、まったく片付けるものがあったのか最高いってほしい。そうして、「小皿をまとめて洗いたいからとってきて、叔母さんの側におけるだ」って、叔母がとったほうが早いのに我々を使って取らせようとする。ここで不快と言えばいいのか、自分でやってと言えばいいのか少々躊躇う。言ったら義マイホームにおける間中皮肉もされそうだし、男性の親族は小姑の解釈を通して我々が悪者になる。ですから義実自宅にはきたくなかった。各回こういう慣習。不愉快人間って四六時中均一地獄の例年。小姑は一人暮らし、私の姉も一人暮らし、こういう両者に共通するのは、自分で貫く、ちょっとしたことでも人の手段をかりようとする、しかも人間に指図やる自覚がない。指図ばっかりされてるって嫌に陥る。ようやくココから逃げ出したい。

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